市公の思考

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心と人間関係など

ウサギとカメ、アリとキリギリスの生き方番外編~主体性を持つということ~

投稿日:2020年5月4日 更新日:

こんにちは!キシアコです。
アリとキリギリスの生き方シリーズ、その1その2その3でひとまず終了させようと思っていたのですが、宿題を残しておりました。
その2の最後でお伝えしました、アリに擬態しているキリギリスに擬態しているアリ
いったいこれどういうこと!?とお思いの方、いらっしゃったはず。
私のつたない語彙力と表現力で、何とか説明したいと思います。

我々は、「呪い」の中で生きている

世の中に蔓延している「呪い」

私たち人は、ひとりで生きていくことができません。
…もしかすると山籠もりして仙人のような生活を送っている人もおられるかもしれませんが、人間社会で生きていく上で、人と一切関わらずに生きていくことは、まずありません。

組織の中で働いていると特にそうなのですが、自分の置かれている環境に順応しようとするのか、人は周りに迎合しようとする傾向があります。
村社会である、日本特有の現象かもしれませんがね。
皆さんは、自分が置かれている環境に流れている空気感をどのように感じておられるでしょうか。
同調圧力というか、これが普通でしょ、みたいな、本当はそれぞれみんな違う顔のはずなのに、同じ顔になろうとする空気感。
そして、誰かが認めた「すごい人」(この誰かというのは、一般的にその場で一番権力を持っている人か声の大きい人です)は、みんなで褒めたたえて、全員がそこを目指していくのが理想である、という暗黙の了解。

私はこの現象を、「呪い(のろい)」と呼んでいます。

空気を読まないといけないと思ってしまう呪い。
立派な人物にならないといけないと思ってしまう呪い。
世の中で正しいとされていること以外は排除してもよいと思ってしまう呪い。

どうですか。この呪いにかかっていませんか。
ちなみにこの呪い、日本ではこんな感じですけれど、おそらく海外にも違う呪いがあると思います。
人として集団生活が営まれている環境では、少なからずこの呪いは発動しています。

呪っている術者は誰なのか

呪いであるからには、誰かが呪いをかけているはずです。
皆がなんとなく嫌だと思っているのに、呪うことを止めない諸悪の根源。
一体それは、誰であるのか。

私は、世の中に蔓延している空気感が「呪い」であると申し上げました。
では、この空気感を作っているのは誰でしょう?
お気づきになられましたか。
そうです。この呪いにかかっている私たちが、この空気に合わせなければならないと、再び呪いをかけているのです。

呪いの対象者と術者が同じであることに気が付かなかったために、誰も呪いを止めることができませんでした。
では、気付いてしまった私たちは、いったいどうすれば呪いに対応できるのでしょうか。

「呪い」を「祝い」に変える

「呪い」の語源は「祝詞(のりと)」と同じです。
神事の言葉で「宣る(のる)」という言葉がありまして、この動詞の活用形からできた言葉のようです。(Wikipediaさんありがとう!)

私たちは、今まで呪いをかけられていた被害者だと思っていましたね。
でも、同時に加害者側である術者でもありました。
ということは、私たちは、呪いを止める選択権をもっている、ということです。

いきなり抵抗するのは怖い?
それでは、呪いの方向を少し変えてみましょうか。

空気を読まないといけないと思ってしまう、かもしれないけど、私は気にしないでおこう。
立派な人物にならないといけないと思ってしまう、かもしれないけど、私は気にしないでおこう。
世の中で正しいとされていること以外は排除してもよいと思ってしまう、かもしれないけど、私は気にしないでおこう。

ポイントは、「私は」どうするのか、です。
呪いはおそらくなくならないでしょうから、呪いの存在自体はもうしょうがない。
そこで自分が呪いにかかって再び呪いをかけるのか、それとも踏ん張って止めるのか。
どうせなら、「祝い」に変えて出しましょう。
そうすれば、次に自分にかかるのは「祝い」かもしれません。

自分軸と他人軸

他人軸のアリは擬態だと勘違いすることもある

さて、ようやく話を戻します。

普段からコツコツ積み重ねることが得意なアリさんは、呪いをかけられていました。
努力の積み重ねが大事、だから立派なアリであるあなたは素晴らしい、と。
いつしか、アリさんは、立派なアリであるというアイデンティティを守るために、頑張るようになりました。

別に嫌じゃないけど、何かが違う。
やっていても楽しくないし、もしかすると、自分はアリじゃなかったのかもしれない。
そうだ、実はキリギリスだったのか!

アリさんは、キリギリスさんと一緒に暮らすようになりました。
一緒に歌を歌い、楽しいことをして過ごしていましたが、次第に不満が出てきます。
冬のためにいろいろ準備がしたいけど、キリギリスさんは何もしないな。
いつもなら今の時期にはこのくらいの食料を集めていたんだけど。
あぁ、しっかり食料を集めて冬はぬくぬくと安心して暮らしたい!

再び、アリさんはアリの生活に戻ります。
以前と同じ生活ですが、なんだか毎日が楽しく感じられます。
やっぱり自分にはこの生活があっていた。
じゃあなんで、前はあんなに楽しくなかったんだろう?

周りの評価に自分の視点を持っていくことを他人軸、自分の評価に視点を合わせることを自分軸といいます。
(ちょっと説明がざっくり過ぎますね…。またおいおい。)
同じことをしていても、他人軸と自分軸では、自分の満足度が異なるのです。

「私が」どうしたいのか

呪いにかかっている状態は、「〇〇させられている」という他人軸になりがちです。
これを自分軸へ変えるポイントが、呪いの項で説明しました「私」という言葉。
自分が、これを選んでいるのだという主体性が、呪いに打ち勝つキーワードなのです。

自分で選ぶということは、良いことも悪いことも、すべて自分で責任を取るということ。
今まで周りのせいにして言い訳してきたことが、全て使えなくなります。
怖いと思うでしょう?
しかし、主体性を持って呪いに打ち勝ったとき。
世界はこんなにも自由だったのかと、晴れ晴れとした気持ちになるのです。

日々生活をしている中で、できないことについて言い訳してしまうことはたくさんあります。
でも、少し勇気を出して。
自分が、これをやらないことを選んでいる、と思ってみてください。
そうすると、実はやりたかったことかもしれないし、やりたくないことかもしれない。
見極めることで、自分の望むことが見えてくるようになりますよ。

アリとキリギリスの生き方番外編、主体性のお話でした。

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某自治体公務員。

小6から中3にかけて不登校を経験し、底辺高校を経て地方公務員へ。

こじらせた人間関係をバネに、コミュニケーションや心理学を学び、現在は所属とは別に業務改善などの活動をしています。

社会復帰の道筋や働く中での自分の在り方、楽しく生きられる方法などを発信中。

エニアグラムはタイプ6、
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